パリ徒然草

パリでの暮らし、日本のニュース、時々旅行、アート好き

外のことがわからないから、書いてみた

今週のお題「外のことがわからない」

 3月17日正午、フランスはいわゆるロックダウンに突入した。それから約2ヶ月間、フランス政府の決めた外出しか許されなかった。私の場合、生活必需品の買い物と自宅から1キロメートル以内の1時間以内の軽い運動だけが外出証明書を持ち歩いて許された。罰金があり、警察が見回っていた。

 公園も、レストランも、カフェも、デパートも、本屋も、図書館も、劇場も、映画館も閉まっていた。食品の買い物などで外に出ると、賑やかだった街はシャッター街のようになり、ゴミが舞い、衛生状態は、だんだんと酷くなり、ホームレスが増えていて、以前よりもホームレスに話しかけられた。

 ホームレスらしき人に、お金を与えないでいると、2ヶ月間の間に、アジア人であることから「お前たちがコロナを持ち込んだんだろ」と言われたことが、3回ある。もちろん、以前にはなかったことだ。

 私が知っているロックダウンとは、そういうものだ。

 私自身、狭い家に閉じこめられて気が滅入って、気分も落ちていた。「イギリスではロックダウン中も公園が開いていて、癒やされます。公園に行きましょう」ーそういうネット記事にすら、いらっとした。


 日本在住者の緊急事態宣言とは違うし、同じパリ在住者でも、住んでいる地区によっても全く違ったのだろう、と想像するが、当時は外のことは分からなかった。

 約2ヶ月間、私には自宅から1キロメートル圏外のことが、分からなかった。

 テレビのニュースとネットと知り合いとの情報交換が情報源だった。

 フランスでは、アマゾンの配達すら止まっていた。郵便物は市内でも一週間かかると聞いた。ネットを見ると、ネットショッピングが増えた、というネットニュースや衣料品等の広告が時々現れるのが疎ましかった。

 パリにも地元日本人向けのovniと言われる日本語情報紙がある。私はその更新を待ったが、広告主が少ないせいなのだろうか?、あまり更新されなかった。大手新聞の情報が頼りだった。外の世界はどうなっているのか、知りたかった。行っちゃいけない、そこから出ちゃいけない、と言われると知りたくなる。ロックダウン以前にも、ましてずっと、強く。

 それが私が日記を書き続けた理由でもある。自分が1キロメートルより外の世界を知りたかったから、他にも知りたい人がいる気がした。

 そして、他の日本人は新型コロナウイルスとどう向き合っているのか、知りたかった。

 だが、今、ロックダウン外出制限が緩和され、外に出れるようになってみて、気づいたことがある。たとえ、1キロメートル以上の外に出られるようになっても、私は私の見ている世界以上のものは見れなかったのだ。



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【数日前のパリの近郊列車のプラットフォーム。駅や公共交通機関ではマスクが義務付けられ、違反すると135ユーロ(約16000円)の罰金】

 例えば、先日、約30キロメートル離れた大きな庭のある邸宅に住む友人に会った。彼女の2ヶ月間は私とは全く違う。毎日料理やお菓子を作り、家をペンキで塗り、庭で犬とのんびりするヴァカンスのような日々だった。ロックダウン中の方がその前よりもゆっくり過ごせて良かった、と何度も言った。
 2ヶ月間の間に彼女は一度、彼女の夫の家族との関係を悩んで、電話してきた。彼女の苦しみや喜びは私のものと全く違っていた。

 もし、その一部始終を2ヶ月間の間に知っていたとしても、ビデオなどで見れたとしても彼女と同じ気持ちになれたわけではなく、私の目の前の現実は変わらなかった。ということは、私が書いたもの、今私が持っているものに、羨望を感じたり、イラっとする人もいるのだろう。

 「外のことが、分からない」をこう言い換えてもいい。「私が見たもの以外、見ようとしたもの以外のことは分からない」。今までだって、そうやって暮らして来たのだ。目の前の仕事に忙殺されれば、世界情勢など気にしていなかった。旅行中は、パリで何かあっていても知らないことがあった。パリに住んで日本についての情報にだんだん疎くなっていた。

 それでも、ロックダウンだからこそ、外の世界を知りたい、と自分が思ったことを大事にしたい。ロックダウンは精神的にきつかったが、世界情勢を知ろう、政治に敏感でいよう、日本の状況を知りたい、と思わせてくれた。

 自分だけの世界にとどまらず、外の世界を知ろうとすることが私に気づきをくれるのだ。

 そして、どんなにバーチャルが進んでも、現実にそこにいる、ことには勝てない。今、外に出ることのできる自由をありがとう。