パリ徒然草

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U2の「原子爆弾解体新書」を聞きながら 77年間トラウマをほったかされて

 ロシアのプーチン大統領は2月末、ウクライナに侵攻に関連して、核戦力行使の可能性を示唆、核兵器を運用する部隊を高い警戒態勢に置くよう軍部に命令した、とニュースが伝えていた。フランスの記事もロシアの核兵器の脅威を伝えていた。

 ストックホルム国際平和研究所によると、ロシアの核弾頭保有数は6255発で、米国の5550発を上回って世界最大とも言われる。

 私のおばの一人は、被爆者で、去年初めて日本の国営放送、NHK被爆絵画を送っていた。今、生きている家族の誰もがおばが小学生低学年のとき、そんな悲惨な光景を目撃したのだと知らなかった。77年前の過去の話だと思わなかった。


 むしろ、逆だと思った。77年間も、傷ついた子供の心は、ほったらかしにされてきたんだなあ、と思った。77年間、子供の心の傷、トラウマを何もしてもらえなかったんだろうなあ、と。

 被爆者だったおじやおばの中には、亡くなってもうこの世にいない人も多い。就職活動で被爆者だから、と差別されてなかなか仕事が見つからなかったおばは、就職できた会社にしがみつき独身を貫き働き続け、定年退職後も同じ会社で働いていた。

 おじは中学生で学徒動員で被爆の救護に当たり、惨状を目にし、体調がおかしくなった時期があり、酒の席で頭がおかしくなったのは被爆の後遺症かもしれない、と話していた。二人とも亡くなった。

 当初、原爆報道はすべて検閲がかかっていた。ジャーナリストは直後のヒロシマナガサキに入ることを許されなかった。原爆の悲惨な映像や写真は当初、隠蔽された。世界中に残虐な映像が流れては困る、子供にはとても見せられない、トラウマになるような映像だった。今となっては77年後に被爆者の描いた絵ですら、日本のNHKが集める貴重な記録なのである。

 77年間、家族の引き取り手がいない無縁仏の遺骨がある。そして、自分の娘がどこで亡くなったかすら知らないで生きてきて、アメリカの情報公開法によって開示された原爆の調査資料からその名前がひょっこり出てきて見つかったりする。


 戦争が終わった後ですら被爆者はモルモットのように、調査された。採血だけされた。差別もされた。だから誰にもその経験を語らず亡くなった人も多い。

 日本国憲法がうたっている「人権」の侵害、国際法違反としか私には思えないが、過去の話、地域的問題、一部の詳しい人の話でしかなく、こうした話を日本人同士共有しあっているわけでもない。

 個人的友人の日本人にときどき語ってみたが、聞きたくもない、関係したくない人もいっぱいいるようだ。重たい話なので、その気持ちも分かるのだ。こういう重たい話の場合、キャパシティオーバーということも、あると思う。私も逃げたくなる。

 アイルランドのロックバンドU2が2004年に『原子爆弾解体新書〜ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム、How to Dismantle an Atomic Bomb)というアルバムを出していて、去年買ったので、ときどき聞いている。

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 このU2の1984年のアルバム「The Unforgettable Fire」(=忘れざる炎)。このタイトルは広島に投下された原爆で被爆した人たちによる画集と、世界中で開催されたこれらの絵画の展覧会のタイトルからとられているそう。U2のボノはアメリカのシカゴで展覧会に足を運び、戦争と原爆の悲惨さを痛感し、来日した時に、日本でこのアルバムに収録される曲の歌詞の一部を書いたそうだ。

 結局のところ、人の痛みに共感、共鳴しよう、とするかどうかは、国籍というくくりでも、ないようにも思う。

 ロシアの核使用の脅威やウクライナ義勇兵募集の記事を読んだ。日本も、核保有国になるべきだ、という声も耳にした。落ち込むニュースばかりに接して心を痛めていたときだから、ボノの声が心に染みた。

 ウクライナの状況を見ながら、終戦間近の日本でも、竹槍で戦いたくない日本人もたくさんいただろうなあ、と私は想像した。非国民と言われるのが怖くて周りの目があるからノーと言えない人もたくさんいたと思う。

 私にとって、もっとも身近な戦争は原爆なのだ。8歳のとき、学校の宿題で原爆と戦争について、祖母に、インタビューした。 

 原爆投下直前、赤ちゃんと小学生、中学生を育てていた祖母。祖母は日本が戦争を始めた当初から「アメリカのような、あんな大国に勝つわけないと思った」と語っていた。早く戦争に終わってほしかった。

 ウクライナで銃の使い方を学ぶ70代の女性の映像をネットで見た。原爆投下直前の祖母と重なった。銃を外国から送り付けられて、祖母が愛国心のために米兵を一人でも殺せ、と言われる、息子にも持たせろ、と言われる。そんなシーンを想像して、慄いてしまった。竹槍しかなくて、幸いだった気もした。

 愛国心よりも、イデオロギーよりも、あなたの命が大事と言ってほしい。一刻も早く降伏してくれれば、原爆は落とされなかったかもしれない。

 なぜだか分からないけれど、最近、私の耳の奥で「天皇陛下万歳」の声がこだまする。その声はだんだん大きくなる。野太い男の声だ。叫び声のようだ。悪い霊に取り憑かれたのだろうか。この世界は、私たちは、狂っていっているのかもしれない。

 あの時から人類は地球上で2500回も核実験をしてしまったのだそうだ。地球に優しくないことをやり続けてきた。放射能が人間の遺伝子に影響を与えてもおかしくない。放射能で狂った人間が出てきている、だからおかしな事件が増えている、と作家の宇野正美氏は言う。

 U2の国、アイルランドは、核保有5大国の一つイギリスのすぐ近くだが、核保有を「国際法違反」とする核兵器禁止条約(59の国と地域が批准)を批准している。


宇野正美氏講演 
https://youtu.be/ZYtnVwINdDI