パリ徒然草

パリでの暮らし、日本のニュース、時々旅行、アート好き

写真で見るパリところどころ⑤ パリ中心部、広大なルーヴル宮殿

【夜のクール・ナポレオン(ナポレオン中庭/ナポレオン広場)】

 

   ルーヴル美術館は最初から美術館だったわけではない。中世にできたルーヴル城がルネサンスの時代に宮殿になり、ナポレオンの時代に美術館になった。

 

 ルーヴル宮殿は、かつて歴代フランス王の王宮として使用されていた宮殿。パリのセーヌ川右岸に位置し、西側のテュイルリー庭園と東側のサンジェルマン・ロクセロワ教会の間にある。ルーヴル宮殿の北側はリヴォリ通り に面し、南側はフランソワ・ミッテラン通りに面している。建造物の総面積は約40ヘクタール。

【今もルーブル美術館内に残る中世の要塞跡】 

 

 中世に建築が始められ、最初の姿は要塞だった。1190年外敵の侵入を防ぐため、フランス国王フィリップ2世 (フィリップ・オーギュスト)が要塞を築いた。

 

 16世紀以降増改築を繰り返されてきた。1682年にフランス王ルイ14世ヴェルサイユ宮殿遷宮するまで、事実上の歴代フランス王宮としての役割を果たしている。ルーヴル宮殿は1682年以降も、アンシャン・レジームが終焉する1789年まで、名目上、あるいは公式な政庁として使用されていた。その後ルーヴル宮殿内にルーヴル美術館が創設され、また、様々な官公庁部署が収容されていった。

【中央に見えるのがカルーゼル広場にあるカルーゼル門】

 

 ナポレオン1世時代に完成したクール・カレ(方形中庭)と、ナポレオン3世時代に整備が開始されたさらに広いクール・ナポレオン(ナポレオン中庭/ナポレオン広場)の二面の大きな中庭がある。このクール・ナポレオンは西側でカルーゼル広場に面している。

【クール・カレ(方形中庭)】

 

【クール・ナポレオン(ナポレオン中庭/ナポレオン広場)にあるガラスのピラミッド内部から】

 

 ルーヴル宮殿の構成は、中世からルネサンス期に建造された、クール・カレを囲む建築物や翼棟とセーヌ河岸に沿って長く伸びるグランド・ギャルリ(大展示室)で構成される通称「旧ルーヴル」と、19世紀以降に建造された、クール・ナポレオンの北側と南側に沿って延びる建築物と翼棟、1871年に焼失したテュイルリー宮殿の遺構となるテュイルリー庭園から構成される通称「新ルーヴル」に大別される。

【クール・ナポレオン(ナポレオン中庭/ナポレオン広場)】