今回選んだのは、サンジェルマン・デ・プレの有名なカフェ、レ・ドゥ・マゴである。
ここには、19歳の頃、初めての海外、初めてのパリのとき、来たことがあった。あの頃私は、哲学者のサルトルとボーヴォワールカップルに憧れていた。彼らが集ったカフェに行かなきゃ、行かなきゃ。そして、カフェを実際訪れてみて、うわー、高価だなあ、と思い、以来、前を通るだけの日々が続いていた。
数十年のときを経て、訪れたレ・ドゥ・マゴ。予約していなかったので、しばらく、列に並んで待った。お天気が良く、テラス席を希望する客が多いらしい。ギャルソンは英語で対応していて、観光客もかなり多い感じ。私は室内を希望した。
案内された席の壁に、「ピカソとドラ・マール」のプレートがあった。私は、やたら、画家のピカソと縁があるなあ。
天井や正面の壁もアール・ヌーヴォーを感じさせる。
私が座った席の斜め右上に2体の人形が飾られている。レ・ドゥ・マゴという店名は、中国の高官で、この2体の人形に由来する。「マゴ」というのはずんぐりした陶製人形のことで、「ドゥ」は2つという意味だ。この2体の人形は、1885年にこの店がカフェになる以前、高級絹織物店だった時代から唯一残る面影なのだという。
15年前の雑誌「旅」には、この店のクロック・ムッシューが絶品と写真入りで書いてあったので、私は迷わず、クロック・ムッシューを注文。お値段は15年前、9ユーロで現在、19ユーロ。2倍以上に値上がりしていた。さらに、紅茶も注文。
夫はロゼワインと
Crottins chauds sur pain Pollane poivré, salade verte
(ポワラーヌのトーストに温かいクロタンチーズ載せ、グリーンサラダ)
という一皿を注文。
正直に書くと、紅茶もクロック・ムシューも普通だったが、夫の注文したワインがとても美味しく、クロタンチーズの一皿は、ハーブもいい感じに加えられていて美味しかった。フレンチフライも美味しかった。おすすめです。
これら全てで支払いは、60ユーロを越えた。
店の近くにある、パリ市が設置したフランス語の説明板を読んで、私は夫に叫びだした。ヴェルレーヌ、ランボー、マラヌメ、ジョイス、ヘミングウェイ、カミュ…etc。「凄い、凄い。ここで文学が生まれたのね」興奮する私に、夫は「知ってるよ。パリジャンだからね」と冷静に言った。
さらに、このカフェにパンフレットが置いてあって、その表紙は映画監督クロード・シャブロルらがこの場所で集った写真。そして、140ansの文字。1885年にこの店が開店して、ちょうど来年が140年なのだ。
在住者なのに、なんで、ここにもっと来なかったのだろう。カフェはひとつの文化である。値段を比較してはいけない。ここは、パリのカフェの中のカフェである。ここで、喧々諤々議論して、葛藤して、映画が小説が新しい音楽が生まれたのだ。ここに、文化の空気を感じに来るべきだった。
19歳の私の方が正しかった。短期滞在のパリで亡き父がカフェに行きたいと行った時、ここに連れて来るべきだったとも、後悔した。
次はショコラ・ショーを飲みに行こう。
Les Deux Magots
6, place Saint-Germain Des Prés
75006 Paris
♥♥♥
【余談】
私はパリの「旅」を続けることにした。在住者だけど、パリのカフェを「旅」してみるのだ。15年前のガイドブック「旅」という雑誌を片手に。
一回目が偶然に行ったラデュレ ボナパルト店で、2回目がプチット ヴァンドームだった。そして、このドゥ・マゴ。
15年前の雑誌というのが、面白いと思った。私の好きなOASISというイギリスのバンドがパリで15年前に兄弟喧嘩して解散して、今年再結成を発表し、来年からライブツアーをする。そういうことも含めて15年の年月というのが面白いと思った。15年の時を経て、行ってみる。15年間生き続けてくれてありがとう、そんな思いで。