パリ徒然草

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食べ物の味が戻って嬉しい! 落ち込んだ自分を癒やす方法

 やっと朝から走れるくらいまで元気回復した。心配してくださった方ありがとう。約1ヶ月ぶりにスポーツウエアーで走った。ブログを読み返すと、11月14日ごろ夫と口論になったとある。もとに戻るまで1ヶ月もかかってしまった。

 

 あー、そして今日から外出証明書なしで外に出れる。嬉しい!


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 魔が差す、という言葉があるけれど、夫が悪魔に取り憑かれたかのように、烈火のごとく私に対して怒り、私もそのエネルギーにやられて、すべてのやる気が消えてしまった。

 

 同じことがあっても、狭いアパートに閉じ込められていないのであれば、まだ逃げ場もあろうというものだろう。背景には、新型コロナによるマスクやロックダウンの疲れ、情報過多も関係があったと思う。

 

 最初は、夫がポジティブな言葉をくれれば私のやる気を回復するかも、と夫に期待した。それが悪循環を生んだ。

 

 夫が私に烈火のごとく怒った分、この2ヶ月の私を否定する言葉を私に言った分、夫に褒めてもらったり認めてもらいたいと思ったのだ。だが、夫はそれをする能力がなかった。最悪な悪循環に陥った。

 

 他人に期待し過ぎては駄目なのだ。


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【スーパーmonoprixで、2.9ユーロで買った薔薇の花束。このお値段なら部屋を薔薇の花で溢れさせてもいいかも】

 

 最近では、その約1ヶ月に比べると、仲良くやっている。時間が解決してくれた感じだ。

 

 ネガティブな考えごとばかりして眠れなくなり食欲がなくなったので早めに対処すべきと思った。新型コロナウイルスに打ち勝つためにも、長引くと最悪だと思った。

 

 私の場合、やって良かったことを箇条書きで書いておく。対処法は人それぞれと思うが、夫婦間の諍いだけには限らないと思うのでヒントになる人がいれば幸いに思う。

 

 1,夫と一時的に距離を置いた。

 2,一人になれる時間を見つけ自分をとことん可愛がった。

💝欲しい物があれば、買った。

💝家事をしない時間を自分に許した。

💝好きな音楽を聴いた。

💝ゆっくり風呂につかった

💝セルフマッサージをした。

💝花を部屋に飾った。 

💝好きな香りを楽しんだ。

💝YouTubeなどで自分にぴったり来る前向きな言葉を見つけ、一人で自分に言い聞かせた


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【こちらの薔薇は外出制限が厳しかったころ花屋さんで買いました。8ユーロくらい】

 

 3、目を閉じて模様を見続ける睡眠法を見つけ、眠れるようになった。(睡眠を取れることがとても大事だ)

 4,温かい手紙やメールを受け取った。(ブログを書いていたおかげもあると思う)

 5,友達に電話でじっくり話を聞いてもらった。

 6,夕食時、夕食準備時にテレビのニュースを見るのを辞めてもらった

 

 6つも書いたが、一言で言うと、自分に集中する、自分を大切にすることに集中する感じだ。

 

 昨日くらいから食欲が出てきた。食事を作るのが苦ではなくなった。自分の食べたいものを作ろうと思える(自分の食欲がないときに食事を作るのが面倒だった)。いろんな物を美味しいと思える。凄い!、味が戻っている。


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【最近作って一人で食べた、ハンバーグのラクレットチーズがけ。おいし~い】

 

 近くにいるだけなのに、怒りのエネルギーを受け取ってしまうことについて考えさせられた。私は子供の頃から、近くにいる人の負のエネルギーに敏感で、相手の顔色を覗って、知らないうちに自分自身のエネルギーを失わせる結果になってきた気がする。

 

 誰かに何か言われても、右から左に聞き流せればいいものなのに、と思う。「悪口は 受け取らないと 相手の元に戻る」というお釈迦様の話がある。夫婦やカップルにはそのまま、当てはまりにくいかもだが、お釈迦様のようになりたいものだ、と思う。

 

 ここからはお釈迦様の話です。



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 あるところに、お釈迦様が多くの人たちから尊敬される姿を見て、ひがんでいる男がいました。「どうして、あんな男がみんなの尊敬を集めるのだ。いまいましい。」男はそう言いながら、お釈迦様をギャフンと言わせる為の作戦を練っていました。
 ある日、その男はお釈迦様が毎日、同じ道のりを散歩に出かけていることを知りました。
 そこで、男は散歩のルートで待ち伏せをして、群衆の中で口汚くお釈迦様をののしってやることにしました。「釈迦の野郎、きっと俺に悪口を言われたら、汚い言葉で言い返してくるだろう。その様子を人が見たら、あいつの人気なんて、アッという間に崩れるに違いない。」

 そして、その日が来ました。男はお釈迦様の前に立ちはだかって、ひどい言葉を投げかけます。お釈迦様は、ただ黙って、その男の言葉を聞いておられました。弟子たちは悔しい気持ちで、「あんなひどいことを言わせておいていいのですか?」とお釈迦様に尋ねました。それでも、お釈迦様は、ひと言も言い返すことなく、黙って、その男の悪態を聞いていました。男は一方的に、お釈迦様の悪口を言い続けて疲れたのか、しばらく後、その場にへたりこんでしまいました。どんな悪口を言っても、お釈迦様がひと言も言い返さないので、男はなんだか虚しくなってしまったのです。

 その様子を見て、お釈迦様は、「もし他人に贈り物をしようとして、その相手が受け取らなかった時、その贈り物は、一体誰のものだろうか。」こう聞かれた男は、突っぱねるように言いました。「そりゃ、言うまでもない。相手が受け取らなかったら、贈ろうとした者のものだろう。分かりきったことを聞くな。」男はそう答えてからすぐに、「あっ!」と気付きました。お釈迦様は静かにこう続けられました。「そうだよ。今、あなたは私のことをひどくののしった。でも、私はそのののしりを、少しも受け取らなかった。だから、あなたが言ったことは、すべて、あなたが受け取ることになるんだよ。」(出典:変わりたいあなたへの33のものがたり)