パリ徒然草

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大傑作の映画「怪物」

 大傑作の映画を見た。

 

 凄い。日本映画であることを超えて、世界中で観て欲しい映画だ。最後、泣いた。隣りにいた若いフランス人女性3人も泣いていた。感動。

 私が生涯で見た日本映画で一番かもしれない。そして、ちゃんと、2023年が描けている。

 カンヌ映画祭脚本賞を受賞したのも、うなづける。細部にもこだわっている。すべての登場人物の背景を想像させる。映像なのに、人の心という目に見えないものを描けている。

 

 小さなボタンの掛け違いが生む誤解、愛するが故に見えなくなる死角、誰かを守りたい故に誰かを「怪物」にしてしまう人間の心理。それらが繊細に描かれる。そして、「詩(ポエム)」もある。参ったなあ、という映画。観て良かったね、と夫と話した。意見は一致した。

 

 そして、タイトルもいい。タイトルは「怪物」。そのタイトルをミスリードだと言う人もいるけれど、やっぱり、タイトルは「怪物」であるべきだと思う。

 

 私はフランスの映画館で見たので、「Linnocence(無垢)」という映画として、見たのだが、なぜ、monstre(怪物)というタイトルにしなかったのだろう?私は「怪物」という映画として、観る方が良い気がした。怪物を探しながらドキドキしながら、見た方が、いいと思う。

 

 物語構成は、芥川龍之介の小説「藪の中」、またその映画化である黒澤明監督作「羅生門」に似て、真相がわからない一連の出来事を3人の当事者の視点から語り直す手法が採用されている。

 

 安藤サクラが演じるシングルマザー・早織が、小学生の息子・湊が担任の保利(永山瑛太)からモラハラと暴行を受けていると確信し学校側へ説明と謝罪を求める第一章。第二章は保利、第三章は湊の視点で、同じ事象が描かれる。各人の考え方感じ方や立場によって事象のとらえ方が変わってくる、言い換えるなら“認知のゆがみ”が生じうることが描かれる。3つの視点によって一度信じたものを崩され、どの人にも見えない死角があることを自覚させられる。

 

 たとえば序盤、早織に感情移入して観るなら校長や教員らの心のこもらない釈明や謝罪は役人の答弁のように感じるが、保利先生ら学校側から語り直すパートでは早織がモンスターペアレントのように映る。

 

 そして、湊と依里(より)という二人の少年の健気さ、愛らしさ。無垢ゆえの悲劇。

 

 余韻が残って、ラストについて、数日考えた。そして、是枝裕和監督が「脚本の1ページ目に『世界は、生まれ変われるか』という一行を書きました」と語っていたことを知った。私の中で、ラストはハッピー・エンドである。この二人の少年の心を守れるよう世界が変わるべきだー私自身がそう祈ったことが答えなのだ。

  

 ロケ地も素晴らしい。長野の諏訪市を舞台にしているのだが、真ん中に湖のある。夜には湖がぽっかりと開いた黒い大穴のように見えて、その闇に吸い込まれそうな気分になる。あの闇には何があるのかと考えたくなる。あの街の真ん中の闇のように見ようとしてもなかなか見えないものが、社会にも人間関係にも必ずあると示唆しているようにも見える。

 

 私はエンドロールで撮影協力した団体等の名前を撮影した。

 火事の映像といい、映像としても、力がある映画だった。suwa volunteer fire corpsも協力したとある。諏訪市消防団も協力したのだ。

 

 そして、ラストに流れる坂本龍一(昨年3月28日没)のピアノ曲Aqua。この曲は坂本龍一が娘の坂本美雨さんに作った曲なのだそうだ(私の持っている坂本龍一のCD「US」に坂本龍一自身の解説があって、そう書いてあった)。美しい雨。まさに、美しい雨という映画のラストでもあった。この映画が坂本龍一の最後の映画作品にもなった。

 

坂本龍一演奏のaqua

https://youtu.be/gSuHD4jzNJ0?si=P38DQH2MBd6Mgl_q

 

坂本美雨が歌うこの曲

https://youtu.be/HS_Qrx4lT8c?si=IGyfSY_111opD9lu

 2024年3月17日鑑賞。