パリ徒然草

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楯の会事件とは心中事件? 三島由紀夫ブーム?② 私の感想 講演を聞いてモヤモヤ 

 私にとって、三島由紀夫は優れた文学者であった。その小説の文体が美しい、と思ってきた。流麗な言葉と次に次に現れる洗練されたメタファー(暗喩)。果たして、これを外国語に本当に、翻訳できるのか、とすら思う。

 

 私は「薔薇刑」という三島由紀夫を写真家の細江英公が撮影した展覧会も、見たことがあったが、私にとっては、三島由紀夫は、写真の被写体ではなく、あくまで小説家で文豪だった。

 

 1月6日の講演ではジュリアン•ペルティエ氏は、三島由紀夫と武士の話とともに映画「ラスト・サムライ」を例として出した。「ラスト・サムライ」は、2013年のハリウッドのアクション映画である。

 

 日本文化の精神性をハリウッド的文化が侵食していくことへの抗議が三島由紀夫の割腹自殺の意味ではなかったのか(=もっとも、本当に、そうだったかどうかは検証が必要である)。私はこれまで勝手にそう思っていたので、ハリウッド映画や2000年頃の映画の中のサムライのイメージで1970年に亡くなった三島由紀夫を解読するのはやめてほしいとすら思った。



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 でも、おそらく、現代のフランスの若者はMishimaと、この写真の人物↓として、出会う。そして、ハリウッドのアクション映画のサムライと、三島由紀夫の心の中にあった武士道の追求の微妙な違いなど、取るに足らないことに、違いない。

 


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 さらに、じゃあ、三島由紀夫が今何を考えているか想像した。三島由紀夫だって、没後52年に自分がフランスで語られていること自体に大満足しているだろうし、これからだってもっと、小説も読まれて欲しいだろうし、多少自分の思いが誤解、曲解(そもそもすべての芸術作品が曲解、誤解されて捉えられるものである。まさに三島の遺作「豊饒の海 天人五衰」後半の名台詞「それも心々ですさかい」である)されても、宣伝になるし、若いフランス人にその肉体美が注目されていることがさらに嬉しいに違いない。

 

 皆ウィンウィンなのに、なぜ、私は傷ついた、侮辱された、取り残された気分でいるのだろう。とにかくモヤモヤした気分で家に帰った。


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 これは、自分の「推し」が自分の見ている方向以外で、絶賛されるのが嫌という感覚だろうか。

 

 講演では、小説そのものはあまり語られなかった。私はこれまでに三島の著作を30冊以上読んだことがあり、中学生か高校生で三島の「葉隠入門」も読んだことがある

 

 私は全く違うものとして、三島由紀夫の死を捉えていた。三島由紀夫の死の謎を解く鍵は16歳で書かれた処女作「花ざかりの森」と遺作の四部作「豊饒の海」にあると思っていた。そこに描かれているのは、輪廻転生を主とした死生観である。

 

 一方で、講演では、日本の政治的な問題、国際政治の中での日本という問題もほとんど語られなかった。日本国憲法と矛盾した自衛隊という存在、そのひび割れから現れる自衛隊員の、あるいは日本人の、特に日本人男性のアイデンティティーの危機の問題、三島は、それを真剣に考え、あの最期に向かってしまったのでは、なかったのか。(=もっとも、本当に、そうだったかどうかは検証が必要である)

 

 作家が理想のサムライごっこを若い青年たちとして、恋愛して一緒に切腹したーという文脈で語っているのだとしたら(ペルティエ氏はそこまではっきり言ってないが)、なんか、馬鹿にされてない???ーとすら思った。三島由紀夫と森田必勝が心中した(ペルティエ氏はそう言ったわけではない。講演を聞いて、いろんな示唆の中から勝手に私が考えてしまっただけだ)ー恋物語だったなんて捉え方は全くしていなかった。太宰治は心中したけど、三島由紀夫は心中したとは思っていなかった。

 

 だけれども、数日間考えた私の結論。ペルティエ氏は私に、凄い指摘をしたのだーと思う。

 ペルティエ氏の示唆を否定できるのか。三島由紀夫と森田必勝が心中していないーと完全に、否定できるのか。それもひとつの見方だとしか言えない。

 

 タブーだから、あるいは、遺された人たちへの配慮から、あるいは、裁判や出版差し止めになったりして、さらには三島文学があまりにも素晴らしかったので、日本社会がはっきり指摘しなかった「同性愛」。

 

 LGBTの権利が言われ、フランスでは2013年から同性婚が可能になった。こういう時代になったからこそ、この国の人たちだからこそ語れることもあるのかもしれない。

 

 三島由紀夫と森田必勝の関係は古代ギリシャ時代には認められていた成熟した成人男性と少年の恋愛関係に似ていると言えないだろうか。

三島由紀夫 45歳

森田必勝 25歳

 

 切腹シーンを再現し撮影した三島由紀夫監督、出演の映画「憂国」において選んだ音楽はワグナーの「トリスタンとイゾルデ」。「トリスタンとイゾルデ」はヨーロッパに古くから伝わる騎士と王妃の悲恋の物語だ。

 

 三島事件楯の会事件とは、もしかして、こっそりと隠された心中物かもしれない。

 

 江戸時代の心中物とは、思いの叶わぬ男女が互いに手を取って死の道を選び、あの世で結ばれることを願うものを人形浄瑠璃や歌舞伎にしたものだった。その根底には現世では結ばれなくとも来世で結ばれると固く信じられた仏教的教えと世相があった。

 

 現実世界で一緒になれないから、一緒に心中するのだ。江戸時代は身分の格差が現世で一緒になることの障害になった。そして、近現代の日本で、一緒になれなかったカップルとは?

 

 結局のところ、「豊饒の海」4部作を解く鍵は、三島由紀夫と森田必勝の関係にあるのではないだろうかーとすら、私自身が思い始めたのだ。

 「豊饒の海 第4部 天人五衰」の登場人物

元弁護士、本多繁邦76歳

養子に迎える安永透16歳

 

 本多は次第に透に翻弄されていく。

 

 ネガとポジ。裏と表。遺作「豊饒の海」と三島事件楯の会事件は表裏一体かもしれない。

 

追記

ちなみにこのイベントでは、他の講演者が三島事件楯の会事件と政治を取り上げていてYou Tubeにも上がっていた。

https://youtu.be/xQotj9nSPdM