パリ徒然草

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マクロン大統領がナポレオンに見えてみたり

 最近の世論調査では、マクロン大統領の支持率が、上がったそうだ。政治評論家によると、経済危機、テロなど危機的状況になると、ナショナリズムが復活し支持率は上がって当然だそうだ。一方、私は、16日の外出制限令を告げるマクロン大統領のスピーチ以来、大統領の批判を夫に言っては、まあまあまあ、となだめられている。

 3月12日以来、マクロン大統領の演説を3回テレビでじっくり聞く破目になった。あるいはじっくり機会を得た。12日、16日、25日の3回だ。それまでは、私の国籍は日本人なので選挙権もないし、そこまでじっくり聞いていなかった。
12日のスピーチ
https://youtu.be/uSZFA0xLQsQ

16日のスピーチ
https://youtu.be/hCtOQeuKnsA


 16日の演説で、大統領は「戦争」を6回も繰り返して、コンフィヌモン(隔離、監禁 すなわち外出制限令)が発令された。私はこれに居心地が悪くなった。夫に「ファシズムや独裁政治に入って行く危険性を感じた」と話したが、軍隊の経験もあるフランス人の夫は、全く私とは意見が違って、マクロン大統領を支持していた。そして、あれだけ大統領への政策に反対するデモやストで騒いでいたフランス中が静まって、今までコンフィヌモンを実現している。そ、そうか。。。そう来たか。。。

 私はそもそも日本でも組合活動で、やたらと「戦争」の用語を使うことに居心地の悪さを感じていた。活動そのもの以上に、そういう言葉遣いがここは私の居場所ではない、と感じさせる。

 今日、じっくりもう一度演説を落ち着いて聞いてみたら、マクロン大統領の言う「戦争」は一つの比喩表現メタフォーでしかない。でも、レストランもカフェも急に閉まった晴天の日曜日の翌日、緊張して大統領の演説を聞いていた私には「戦争」の言葉で、恐怖に駆られ、思考停止になり、その後の言葉が良く耳に入って来なかった。戦争の言葉だけが耳に残ってしまったのだ。憲法9条を持つ敗戦国に生まれた私は、戦争を知らない世代であるはずなのに、戦争にトラウマがあるのかもしれない。

 視聴率最大級なのだから、「戦争」と6回も繰り返す時間があるなら、個々人がどういう風に行動すべきか、誰でも分かるように説明するいい機会ではなかったのか、と私は夫に、不満をぶつけた。その前後に買い溜めや都市から田舎に移動する混雑にもびっくりしてしまい、少しでもそういうことが起きないよう、1メートルとはこれくらいですよー、1メートル以上離れていないと警察が取り締まりますよ、とでも言えば、多少はパニックで混雑していた人を止められなかったのか? と。

 私の意見はフランスでは少数派のようだが、辛うじて、社会学者Michel Wieviorka 氏の"Coronavirus : parler de guerre est une faute"(コロナウイルス:戦争を語るのは間違いだ)という記事を見つけた。一部を抜粋して訳しよう。

https://acteursdeleconomie.latribune.fr/debats/2020-03-31/michel-wieviorka-coronavirus-parler-de-guerre-est-une-faute-843666.html?fbclid=IwAR0cSTqPDBPkkM1DYnm_2NgRWY04MqIfPtWXwcNUhfS7Eg9-WtwK62KyrTs

以下抜粋と訳
Parler de "guerre" me semble inadapté, incongru et déplacé, c'est même une faute s'il s'agit aujourd'hui du Covid-19, comme ce l'était en 2015 à propos du terrorisme, et même encore plus.
「今日、Covid-19(新型コロナウイルス)について、‘’戦争‘’を語るのは、私には、不適切、突飛、場違い、もっと言うと間違いに思える。2015年にテロリズムに対してその言葉を使ったときのように、或いはそれ以上にもっと。」

Or le virus n'est pas un ennemi humain, il a frappé soudainement. S'y opposer convoque des politiques publiques. Le discours de la guerre ne veut voir que l'unité du corps social, il interdit le traitement démocratique de ce qui nous divise, et face à l'épidémie il autorise l'opacité, la dissimulation de la part du pouvoir.
「だが、ウィルスは人間の敵ではない。ウイルスは突然に襲った。敵と対立することが大衆政治を招集する。戦争と語る演説は、社会共同体の統一しか前提としていない。それは、私たちを分裂させる民主主義的な手続きを禁止し、感染症の前に、不透明さと権力の側の隠蔽を許容する」

 なかなか手厳しいご意見ですね。Michel Wieviorka 氏のように信念を持って、私は、マクロン大統領を批判したいわけではない。医療関係者や軍隊の人にとっては、新型コロナウイルスとの闘いが「戦争」のように緊張を強いる厳しいものだ、緊急事態だということに納得している。私も助けていただくかもしれず、頑張ってほしい。

 
 25日にマクロン大統領は、感染者が多いアルザス地方のミュールーズの野戦病院の前で演説した。私には、マスクもせず、特設の病院の前でスピーチするマクロン大統領が急にナポレオンに見えた。

マクロン大統領の25日の演説 
https://youtu.be/v37AO1v_W_s


ナポレオンの絵画「ジャファのペスト患者を訪れるナポレオン、1799年3月11日」

https://www.louvre.fr/jp/oeuvre-notices/%E3%80%8A%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%81%AE%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88%E6%82%A3%E8%80%85%E3%82%92%E8%A8%AA%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%83%8A%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%80%811799%E5%B9%B43%E6%9C%8811%E6%97%A5%E3%80%8B

 その場所で、大統領はやはり戦争の用語を使って、医療従事者や軍隊を前線と激励し、運送やスーパーのレジ係などを第ニ線とし、家に籠もっている人を第三線にいる人だと言った。えー、第三線? ウイルスの前に人は平等じゃないの? それより、大統領はマスクもせず、大丈夫か?気になって仕方がない。

 私は大統領があちこち移動していることにも、私は夫に、不満を言っている。私たちは基本的人権の中でも、大事な自由権を失っている最中なんだぞー。移動の自由、経済活動の自由。。。大統領も、極力動いてはいけないのでは?

 フランスでは、民事の弁護士ですら裁判がすべて中止になってコンフィヌモンの最中だ。対して、昨日は、大統領は、アンジェ近くのマスク製造工場の前で演説していた。ミュールーズとアンジェは車で7時間半の距離だ。私たちが運動できるのは1キロ以内、1時間以内で、ここ10日間ほどはずっとその中だけで生きている。

 イギリスのボリス ジョンソン首相は、外出禁止令発令の演説で国民には「リラックス」と呼びかけた。
ボリスジョンソン首相の演説
https://youtu.be/Haaq59UpINI

私の頭の中で、フランキーゴーストゥーハリウッドの1980年代のイギリスのポップス「リラックス」という曲が鳴り響いた。そしてその後、首相自身も新型コロナウイルスに感染していると公表、人と接触せず、仕事を続けている。まさに、隔離された多くの国民と同じ条件で、新型コロナウイルスと闘っている。国民1人ひとりに手紙を送った、とも聞いた。つまり、人と接触せずとも政治家の仕事はできるのだ。
 
 私たちはウィルスの前に平等だ。大統領も首相もホームレスもレジ係も私も、自分が死ぬ確率もあると同時に、たくさんの人を感染させるかもしれず、感染させてしまったその大事な誰かが死んでしまうかもしれない。その確率は平等なはずだ。本当はウイルスの前に前線も第三線もないはずだ。

 時代遅れ、前時代的な政治手法だね、ナポレオンのプロパガンダと同じことをやるより、大統領自身がテレワークで、誰も感染させず、ここまで仕事できます、と見せる時期ではないのか? と、夫に、散々文句を聞かせては苦笑されている。

 でもこれまでリベラルだったのに、やっていることは左派よりになった、と夫に、指摘されて、はた、と思った。持病のあるような傷つきやすい人を1人でも多く助けるため、のコンフィヌモンだもんね。やることが介入主義だから演説は前時代的を狙ってやってバランスを取っているのか。私が見ているのは、マクロン大統領がそこまで計算してやっている大芝居なのだとすると、天才だね。野戦病院前の黒のコート姿がカッコよく見えてきた。マスクもせずに大丈夫かな、と心配になる。

 私は3月28日に、数字を使ったフィリップ首相の演説を聞いて、コンフィヌモンの意義について納得した。グラフを見せながら、コンフィヌモンによって、感染者および重症患者の数を減らし、カーブを緩やかにして、受け入れる病床を越えないよう調整することを説明したのだ。数字やグラフで、納得した。「戦争」と言わずに最初から科学的にこう言ってくれれば私も納得したんだけど。。。そもそも大統領自身、この国の科学者の意見に従ったものだと言っていた。

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(コンフィヌモンによって、感染者を上の赤い線から下の青の線のように緩やかな線に、減らせる、と説明するフィリップ首相)

 分かった、分かった。協力しよう。今日も20分しか外に出なかったし、フランス政府は言ってないけど、日本政府に従って、外出するときはマスクもして、ティッシュを持ち歩いて、ドアノブなどすべて触らないようにして、帰って来たら、手洗いだけでなく、床も靴の裏もJAVEL薄めた液で、拭いています。こんなときに病気になって病床を取ったら申し訳ないから、病気にならないよう頑張ってます。


 日本に住む兄弟に外出禁止令の愚痴を話していたら、ヨーロッパは豊かだなあと言われてしまった。そうか、そういうことか。政治家をじっくりウオッチングして民主主義とは何か、考える時間を持てた。これこそ豊かな時間だったんだ。本来は選挙権がある人は皆そうすべきなのだろう。そうだ、そうだ。マクロン大統領ありがとう。

16日の演説の全訳
https://jp.ambafrance.org/article15565