パリ徒然草

パリでの暮らし、日本のニュース、時々旅行、アート好き

花言葉は「尊敬」「寛容」「出会えたことの喜び」

 一昨日、白の紫陽花と白のカーネーションを花屋さんで買った。


f:id:clairefr:20210424193820j:image

 

 コンフィヌモンにもかかわらず、花屋が開いていて助かった。花が生活必需品で助かった。洋服のブティックやレストランは閉まっていても、花屋が開いていることに、「さすがフランス、オシャレ~」と言っている人がいたけれど、花は心の栄養剤なのだ。


f:id:clairefr:20210425051147j:image

 

 そうだ、去年のコンフィヌモン、花屋は閉まっていた時期もあったのだ。あのとき、お葬式した人たちはどうしたのだろう。

 

 「贈り物ですか」と尋ねられた。

 「はい」と答えた。

  心の中で「数日前に亡くなったおばに」と思った。

 

 後で調べたのだが、白のカーネーション花言葉は、『純粋な愛』『私の愛は生きています』『愛の拒絶』『尊敬』。亡くなったお母さんに贈った花でもあるという。

 

 白の紫陽花の花言葉は「寛容」!(数日前にブログで寛容について書いたのだ!)だった。

 

 「尊敬」と「寛容」。花言葉としても、選んだのは、ぴったりの花だった。

 

 宗教とは、関係なく、自分なりの小さな祭壇を作った。おばがパリのオランジュリー美術館に来たときに撮った写真を拡大して現像した。USBファイルにして持って行ったら、新型コロナウイルスの影響で、美しくプリントできる店がネット注文しか、受け付けなくなっていた。機械だけでプリントできる場所を探して、プリントし、何とか、遺影ができた。


f:id:clairefr:20210425054830j:image

 

 写真の中のおばは、オランジュリー美術館のモネの睡蓮の前で私が貸した青いセーターを着ている。秋のパリが寒すぎて貸したのだが、貸したら、おばに、「安物ね。後は、捨てちゃっていいかしら」と言われた。睡蓮の池の水色に真っ青なセーターが良く似合っている。

 

 祭壇におばが好きだった印象派の絵はがきを飾った。いざ飾ろうとすると手紙くらいしか、おばにまつわる物を持ってないことに驚いた。現金や食べ物は、よくいただいたのだが、後に残るような物を贈るのが好きではない人だったのだ。

 

 おばが、リュックがほしいと言っていたのでリュックをプレゼントのため送ったら、大きすぎると、2回、返品されてしまった。そのくらい、使わない物は受け取らない人でもあった。

 

 3回目にやっと受け取ってもらえた。結局、とても小さな青いリュックを送った。私は、大きなリュックが好きなのだが、痩せているので、小さなリュックしか、使えない人だったのだ。

 

 贈り物は、難しい。自分の好きな物を贈ればいいというものでも、ないんだなあ、と思うことが度々ある。

 

 数週間前に、おばから「お菓子が食べたくない」と言われたとき、なぜ、ネットで、日本の業者から果物の盛り合わせを送らなかったんだ、と深く後悔した。退院祝いにぴったりだったのに...。

 

 おば自身も、何も送らなくていいと言うし、リュックの返品の件があって、送るな、と言うならしばらく待とうという気持ちになっていた、と言い訳する。

 

 もっと電話し続けなかった自分が悔しい。おばに、うまく立ち上がれなくて電話に出れないこともあるから、と言われた。電話したせいで、家の中で転んでも申し訳ない、と思った。その時点で、何かもっと違う対策を考えるべきだった。

 

 また、そのうち良くなるとポジティブシンキング過ぎた。

 

 届いた果物があれば、食べて1日でも、生き延びれたのでは、と考えてしまう。誰かが、自分を思って送ってくれた物だから、無理してでも食べよう、もったいない食べよう、と思って食べたかもしれない、と。

 

 居ても立っても居られなくて、お世話になっている、いとこに、「楽天」を使って果物の盛り合わせを送った。インターネットがあり、ネットショッピングシステムがあり、日本の配達は早くて正確だからできることだ。果物は今日、届いて、いとこも火葬場に果物を持ち込めるかわざわざ尋ねてくれたらしい。持ち込むのはNGだったが、そういう心遣いが嬉しい。

 

 新型コロナウイルスの影響で、一人でたくさんの重責を抱えてしまったいとこが果物を食べてホッとする瞬間があることを祈ろう。最近は、おばといとこが特別に親しかったわけでもなく、たまたま、一番地理的に近かっただけで、大変なお世話をかけることに、なってしまった。

 

 救いもあった。おばからの手紙を読み返していたら、「何が『幸』か、本人が一番良い過ごし方をしているのが良い。私は一人でいたことが幸でした。自由な生活で、わがままな人生、ありがたいです」と書いてあった。独身を楽しんでいた面はあるのだ。

 

 水彩画を描く人だったから、手紙の中に、私が送った絵葉書の中のマンドリュー•ラ•ナプールのミモザの花を気に入ってくれて、「幸の一部を私なりに表現したい」と書いてあった。


f:id:clairefr:20210424195044j:image

 

 もし、コロナがなければ、今頃、成田空港か羽田空港を通っていただろう。いとことともに火葬場に行っただろう。フランス在住者にとっては、帰国後の14日間の自主隔離が厳しい。罰則がないとはいえ、火葬場に出入りしていいのか? じゃあ、1親等でもそれは、許されないのか?

 

 急に、温かくなって、紫陽花の元気がなくなって、白い薔薇5本を買い足した。5本の白い薔薇の花言葉は、「あなたに出会えた事の心からの喜び」。


f:id:clairefr:20210425045522j:image

 火葬の時間にフランスから祈った。せめて、同じ時間に祈った。それは、深夜だった。蝋燭を灯し、線香を焚き、スラヴァのアヴェ・マリアのCDを繰り返し聴き、夫とおばの思い出を語った。


f:id:clairefr:20210425100732j:image

 

 おばからの手紙の中の冒頭に、しばしば散歩したとき見かけた沿道に咲く花々の名前がたくさん出て来た。ツツジ、山吹、雪やなぎ、ポピー、チューリップ…。

 20通ほどの手紙をパリでエアー•メールで受け取っていた。美しい文字だと、思う。


f:id:clairefr:20210424194924j:image

 公園に白いアイリスの花が咲いていた。白いアイリスの花言葉は「あなたを大切にします」。