パリ徒然草

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小説「最後の授業」の政治的プロパガンダ

 アルザス地方に行ってきた。そのせいもあってか、学生時代に教科書の中に出てきた「最後の授業」(La Dernière Classe)という小説を思い出した。「最後の授業」は、1873年に出版されたアルフォンス・ドーデの短編小説集『月曜物語(フランス語版)』(Les Contes du Lundi)の1編である。

 いや、この小説について、考えたきっかけは約2ヶ月前のウクライナ侵攻だった。ロシア侵攻前、ウクライナ政府はロシア語の広告を禁止する法律を施行していた。旧ソ連だったウクライナにはロシア語話者がたくさんいる。自分が老人で、いきなり自分が使ってきた言語、例えば、日本語を禁止されたら嫌だろうなあと想像した。そして、思い出したのが、中学生で学んだ記憶のある小説「最後の授業」だった。

 この小説は、まだ、若い私に衝撃と、感動として深く刻まれた。

.....学校が嫌いで寝坊して遅刻して授業に出るフランツ。そこで、アメル先生が「私がここで、フランス語の授業をするのは今日で最後です」と言う。。「ベルリンからの命令で、アルザスとロレーヌの学校ではドイツ語しか教えてはいけないことになりました。これが、私のフランス語の、最後の授業です」と言う。

 アメル先生は「フランス語は世界でいちばん美しく、はっきりした言葉です」とも言う。最後に黒板に「フランス万歳」と書く。.......

 日本語と英語しか、知らなかった子供の私に、世界一美しいフランス語はどんな言語だろう、という好奇心を掻き立てたものだった。そして、周りの誰もが日本語しか話さない環境で育ってきた私は、自分たちの言語がいきなり支配者によって禁止されるなんて酷い話だと、記憶してきた。



 約2ヶ月前、ウイキペディアを読んだ。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E6%8E%88%E6%A5%AD

 そして、驚いた。

 あれ?フランス語は、そもそも、この地域の人々の言葉では、なかったのだ。日本の中学校では、そこまで教えてもらえなかった気がする。

 「アルザスの子供達は、ドイツ語の一方言であるアルザス語が母語であるため、国語であるフランス語を話すことも書くこともできず、わざわざそれを学校で習わなければならない状態だったのである。主人公のフランツも、自分はやっとフランス語を書けるようになったばかりだと作中で語っている。アメル先生は、アルザス語を母語とするアルザス人に対し、フランス語を「自分たちのことば」ないし「国語」として押しつける立場にあったものであり、実際には1990年代までフランス語反対運動が続いていた。本作においては、政治的意図でもってはっきりこの点が隠蔽されているので、背景知識なしでこの短編だけを読むと、まるでアルザスの人々が外国語であるドイツ語を占領軍に押しつけられているようにしか思えない書き方をされている。
しかし、田中克彦の『ことばと国家』や蓮實重彦の『反=日本語論』などによる、「国語」イデオロギーによって言語的多様性を否定する側面を持つ政治的作品であるとの批判もあった。」(ウィキペディアより引用)

 話の舞台になるフランスのアルザス領はドイツとフランスの国境付近にあるために、戦争の状況によってはフランス領になったりドイツ領になったりしてそれによって言葉も変えるように強制されてきた。

 『最後の授業』が書かれた1873年普仏戦争でフランスが敗北し、アルザスはドイツ領になりフランス語は禁止言語になった。

 普仏戦争とは1870年7月19日にプロシアとフランスの間で起こった戦争で、プロシア軍の圧倒的攻勢によりパリが包囲されて、フランスは和解条件としてアルザスとロレーヌの一部をプロシアに譲った。

アルザス

1914年~1918年の第一次世界大戦中はフランス領
1939年~1945年の第二次世界大戦中はドイツ領
戦後フランス領に戻る。

 

 ドイツ語とフランス語は全く違うので、住民は苦労しただろうなあ、と想像した。フランス語が分かると、スペイン語やイタリア語であれば何を話しているかくらいは分かったりする印象なのだが、ドイツ語は全然分からない。


 そうは言っても、ベルギー、スイスのように、公用語が3,4か国語ある多言語国家というのも、存在する。苦労もあるのかもしれないが、住民は普通に暮らしている。


 今住んでいるパリは、というと、フランス語が主とはいえ多言語空間である。昨日も、カフェに行って、何の言語か分からない言葉をウェイターとお客さんが話し続けていた。観光客が多いせいか、バスの中でも、公園でも、ドイツ語、イタリア語、分からない言語を耳にする。

 それにしても、学校教育の中で、洗脳されたままのことはいろいろありそうだ。


【写真はすべて先月アルザス地方で撮影】