パリの雑用水道から微量の新型コロナウイルス検出、飲料水には影響なしー。昨夜のフランス2のニュースで、とても気になりながらも、寝てしまったが、一夜明けたら日本語のニュースが見つかった。
https://www.afpbb.com/articles/-/3279389?cx_amp=all&act=all
このニュースが意味するところは下水に微量な新型コロナウイルスがいてセーヌ河やウルク運河に流れ込んでいるということだと思っている。水道水は大丈夫だと言っているが、私は念のため1.5リットルEvian6本を買った。
パリ市は道路清掃や噴水、公園の水に使っていたこの水の使用を停止した。以前に比べて道路の清掃がされていないので、パリの道はゴミが散らばっているなど衛生的とはとても言えない。道路には、新型コロナウイルスがいると思った方がいい。アメリカの研究でも、靴底に、コロナウイルスがたくさんついていた、とのこと。ヨーロッパの玄関で靴を脱がない習慣が感染を広げたのでは?という記事も、読んだ。
パリは春になり、お天気も良く心地がいい。明るい景色だけ切り取れば、以前と何も変わらない。でも、散歩に出たときの私の気持ちは全く同じじゃない。
マスクをはめ、外出許可証と滞在許可証を忘れず持って、人と近づき過ぎないか、壁に私の服が当たらないか、ドアノブを素手で直接じゃなくティッシュでうまく開けられるか、他人が話しかけてきたときどう上手くかわすか、警察にはどう対応するか、ここは1キロメートル超えてないか、時間は一時間超えずに帰れるか、おいおい間違ってコケるな、地面にもウイルスはいると思え。
そんなことを考えながら歩かなければいけない。運動のための外出は1キロ以内1時間以内と決められていて警察に取り締まりを受けるので、景色が似たりよったりで、一ヶ月以上その中で生きていることにいい加減飽きてきた。公園は閉まっているし(イギリスやアメリカは公園を開けているらしい)。。。。
(公園の花は綺麗だが、柵の向こうだ)
川上弘美さんの「神様2011」という小説を思い出す。2011年の福島原発事故を受け、くまと散歩に行くという小説だが、くまが川でシャケを取るシーンの文脈がとても悲しいものになってしまう。
まあ、でもウイルスなら、太古の昔からあったものだから、あのときほど悲しくないかも。
パリは午前10時から午後7時までジョギング禁止になった。午前9時や午後7時以降にランナーたちが渋滞している。
ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授が新型コロナウイルスに際し、サイトを開設してくださっていて、参考にさせてもらっている。そこに「ジョギングエチケット」と題し、確実に感染しないためには10メートル開けないといけないとも書いてあって、よほど深夜か早朝に走らないとパリでは不可能だと思う。
Facebookを使って、「私は土足禁止にしました」とフランス語で、押し付けにならない程度の文章で呼びかけたり、ジョギングの危険性をフランス語の情報を貼って、警鐘を鳴らしてはみた。パリの住宅事情や庭の狭さを嗤うコメントがいただけただけで効果はなさそうだが。。。
パリ近郊在住の日本人のこの記事もとても参考になった。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71953
想像していた通り、実際に今、新型コロナウイルスのような症状が現れてもオンライン診療だけで入院をしなければいけない人や明らかに重症化している人でなければ検査は受けられない、ということを改めて知ることができた。最低14日間自力で隔離するしかないようだ。独身は独身の大変さがあるし、家族がいたらいたで家族を感染させないかの心配がある。このときのための食料品の備蓄は必要である。食料品の買い出しの際に他人を感染させないために。
家族に症状があって、感染しないよう努力するのは相当のストレスだ。幸いにも私の直接の知り合いには、新型コロナウイルスの症状の人が、いない。(間接的知り合いでは二人亡くなった方を耳にした)おかげで悪夢にうなされるようなことはない。この著者と違って良く眠れている。目覚ましなしで朝の光で午前7時から8時の間に起きている。深夜零時には寝る。ずっとそんな感じだ。
今日もまた、救急車の行き交う音がする。同じアパートの誰かが咳やくしゃみをする音も聞こえる。一方で鳥のさえずりも聞こえる。静かだから、目立つのだ。朝、鳥のさえずりを聞くと、田舎にでもいる気分になる。これはこれで悪くない。むしろ、慣れてしまい引きこもりになってしまいそうだ。