エイズを引き起こすHIV（ヒト免疫不全ウイルス）の発見者で、ノーベル医学生理学賞受賞者のリュック・モンタニエ氏が新型コロナは人工ウイルスだと断言した記事を最初に目にしたのは、4月17日だった。論争を巻き起こしていたが、下記のルモンドの記事のようにフランスの記事は懐疑的な見解を一緒に載せているものばかりの印象だった。
ルモンドの記事のタイトルは「コロナウイルスはエイズウイルスから作れた？モンタニエ氏の主張は疑問視されている?」。この記事の中ではモンタニエ氏が「研究所から誤って漏れたのではないか」と主張している、とあるが、それが「中国の武漢ウィルス研究所」だという主張すら現れない。その辺はルモンドの良心だと思う。88歳のモンタニエ氏は、最近、武漢ウィルス研究所で働いていた、とか、見聞した、調査したわけではなく、あくまで憶測で言っただけなのだ。
私もCnewsの番組を聞いてみた。確かにモンタニエ氏は、科学者として一つの見解を述べている。「コウモリのウイルスにエイズウイルスを加えるウイルス操作があった。自然なルートで発生したものではない。これは、完全に専門家の仕事だ。...何のために?私には分からない。一つの仮説はエイズワクチンを作りたかったのでは」と主張している。
そして、ルモンドの記事には、モンタニエ氏の主張は「科学者たちを説得するには程遠い」とあるし、学界では、「新型コロナウイルスは人為的に作られたものではない」という主張が多数派となっている、とつけ加えている。
モンタニエ氏はかなり以前から、非科学的な言動が問題視されていた、などの情報も添えている。反ワクチンを主張したりするなど、科学界から批判されている、と。
他のメディアも懐疑的な反論を載せている記事ばかりだった。
ところが、その後、数日、日本語のWEBニュース、書き込みなどを見ていたら、モンタニエ氏が、新型コロナウイルスは武漢の実験室から流出したと発言しているという記事を見かけるようになった。日本の記事では、既にこのウィルスが人工かどうかという科学の問題ではなくなっていることが多く、最近のモンタニエ氏の研究への否定的な見方や他の科学者の反論は、添えられていない。
ノーベル賞受賞という権威が発言に格を与え、さらに日本のノーベル賞受賞科学者も同じ意見だった（デマだったようだ）というのまである。「人々の憎悪は中国に向かう」「中国に対して経済制裁だけじゃ済まないだろう」と書いている記事まである。しばらくこれらの記事や書き込みの広がりのことを考えると私は不安で眠れなくなった。頭痛までしてきた。
日本での情報拡散について観察したサイトはこちらにある。
https://eltes-solution.jp/202004-01/
最近、やっと、この問題について以下のような冷静な日本語記事が出た。ホッとした。とても良く書けていると思う。肝心の人為操作があったかどうかの鍵となるゲノム塩基配列等についての説明はこちらで読んでいただきたい。
https://news.yahoo.co.jp/byline/saorii/20200422-00174202/
https://www.businessinsider.jp/post-211767
結論から言うと、このウィルスは、人工のものではない、というのが世界の科学者の趨勢だ。人工のものかどうか、は正直、私はどちらか分からない。科学というのは、後に少数派が正しかったということもある世界かもしれないとも思う。だが、とりあえず、今の時点では、世界の科学者の多数が人工の
ものではないと言っている。
何はともあれ、モンタニエ氏の発言は、武漢ウィルス研究所から漏れたのではという疑惑を後押しするには十分だったように思う。
米メディアが報道し、武漢の研究所からウイルス（人工は否定されるにしても天然の）が漏れたのでは、という疑惑はなくならない。何も証拠はないのだが、トランプ大統領も調査する、と言っている。モンタニエ氏はCnewsのテレビで「アメリカ政府は、武漢ウイルス研究所に多額の資金提供の支援をしていた」旨の発言もしたが、そのことを報道した日本のメディアは少なかった。
みんな疲れている。みんな不安だ。みんな敵を欲しがっている。分かりやすく敵を作った記事は良く読まれるのかもしれない。どうか、メディアリテラシーを持ってものごとをよく見て書いてください。そうじゃないと、よく眠れません。
モンタニエ氏が発言したラジオ「pourqoui
Docteur」
https://www.pourquoidocteur.fr/Articles/Question-d-actu/32192-Revelations-l-origine-SARS-CoV-2-Luc-Montagnier-Nobel-marginal-habitue-polemiques
