安倍元首相銃撃を考える（３）山上容疑者ツイッター

　７月１６日、私は安倍元首相に向けて銃を発砲し逮捕された山上容疑者（41歳）が書いたとされるツイッターのツイートを読んだ。

　その日は、まだ、山上容疑者のツイッターについての記事はフランスでネットで無料で読めるものを見つけることができず、私は誰かの分析した、編集された容疑者のツイッターについての記事を読む以前に、フランスに居ながら山上容疑者自身とされる言葉と出会うことになった。不思議な時代だと思う。

　ヨーロッパでは、ヤフーニュースが今年の春から読めなくなった。無料で接することのできる日本語の情報は限られている。それなのに、ヨーロッパにいて、日本の警察や犯罪心理学者、司法関係者も読むのかもしれない容疑者自身のSNSの言葉を読める時代なのだった。

　彼のツイッターアカウント名はsilent hill 333らしい。７月半ばはまだ、このアカウントのツイッターが読めた。今では凍結されて読めないようだ。2019年10月にアカウント開設され、ツイート数は1363件もあった。

　アカウント名に使われた『サイレントヒル』（SILENT HILL、直訳:「無音の丘」）は、コナミ（後のコナミデジタルエンタテインメント）から発売されたホラーゲーム、およびそのシリーズ、ジャンルはホラーアドベンチャーである。このビデオゲームの中には、子供を虐待しているなど黒い噂の絶えない「教団」が出てくるのだそうだ。
　『サイレントヒル3』ではヒロインは教団をめぐる因縁を断ち切るために戦う。親子愛もストーリーの大きな要素のひとつのゲームなのだという。

【本文と写真は直接関係ありません】

　ツイッターのsilent hill 333はしっかりした文章を書いていた。頭が良いのは文章で分かる。最近、読んだ、どのツイートよりも私を引き込ませた。何しろ、1300件以上あるので私は3時間くらいツイートを読み続けたのだから。嫌だと思えばすぐ読まなくなったはずだ。

　悲惨な思春期と統一教会や韓国人への憎悪や怨恨の言葉が読んでいて苦しくなった。子供のころ思春期の経験から、教団への憎悪や怨恨に因われているのは分かった。

　開設当時のツイート。
2019年10月13日
オレがに憎むのは統一教会だけだ。結果として安倍政権に何があってもオレの知った事ではない。
　　
　彼の生い立ちが分かるいくつかのツイートを引用した。ニュースなどで報道されている彼の生い立ちと重なる。

2019年12月７日
そうだな。オレも母子家庭だった。但し貧困ではない。むしろ裕福だった。婿養子ではないが後継ぎとして母と結婚した父を自殺まで追い込んだ母方の祖父のおかげで。

2019年12月７日
三人兄妹の内、兄は生後間もなく頭を開く手術を受けた。１０歳ごろには手術で片目を失明した。障碍者かと言えば違うが、常に母の心は兄にあった。妹は父親を知らない。オレは努力した。母の為に。

2019年12月７日
死んだ父は京大出だった。父の兄は弁護士、母は大阪市大卒の栄養士、母方の叔母は医者だった。そんな環境でオレは優等生として育った。オレの努力もあったが、そういう環境でもあったのだろう。

2019年12月７日
祖父にとってオレは何だったのか。出来損ないの父の息子か。オレは祖父に見捨てられない為に演じた。いや、母を殴る父の機嫌を損ねない事が始まりだったのか。

2020年１月26日
混乱し誤魔化し続けた現実のまま、ある日祖父は心臓発作で亡くなった。これまで祖父の目を盗んで金を統一教会に流していた母を咎める者はもういない。全てを手にした母は、韓国人が選民と信じる者にしか存在しない対価と引き換えに全てを引き渡し、そして言った。「祖父の会社に負債があった」と。

2020年１月26日
祖父は死後も辱められた事になるが、それを知るのはそれから10年後だ。ジョーカーは何故ジョーカーになるのか。何に絶望したのか。何を笑うのか。

2020年１月26日
オレは作り物だった。父に愛されるため、母に愛されるため、祖父に愛されるため。病院のベッドでオレに助けを求める父を母の期待に応えて拒んだのはオレが４歳の時だったか。それから間もなく父は病院の屋上からから飛び降りた。オレは父を殺したのだ。

2020年1月26日
オレが１４歳の時、家族は破綻を迎えた。統一教会の本分は、家族に家族から窃盗・横領・特殊詐欺で巻き上げさせたアガリを全て上納させることだ。70を超えてバブル崩壊に苦しむ祖父は母に怒り狂った、いや絶望したと言う方が正しい。包丁を持ち出したのその時だ。

2020年1月26日
祖父はオレ達兄妹を集め、涙ながらに土下座した。自分の育て方が悪かった、父と結婚させた事が誤りだった、本当に済まないと。

祖父はオレ達に土下座した後、懇願した。これ以上どうする事もできない、田舎に帰るから出て行ってくれと。この言葉はオレを縛り続けた。祖父を信じることができなかった。事実祖父は年に一度か二度、荷物をまとめるようオレに迫った。それからオレを守るのは、皮肉な事に張本人の母だった。

◆◇◆
　このツイートが本物なら、私には、彼なりに不遇に耐えて生きようと努力はしたのだが、教団への憎悪や怨恨から逃れることができず、さらに憎悪が増幅していったと感じた。自分は死んででも、旧統一教会を破壊したい、それが自分の使命だと、そこまで思い込んでいたのではないだろうか。

　一方で、2020年１月26日のツイートに「ジョーカー」というキーワードも出てくる。

映画『ジョーカー』が描いた「下級国民の反乱」（橘玲）
https://www.news-postseven.com/archives/20191019_1470412.html?DETAIL

　silent hill 333は、この記事をリツイートし、映画「ジョーカー」（2019年アメリカ映画）に関心を寄せていた。日本では、2021年10月31日には、京王線「ジョーカー」死傷事件が起きている。

　最近のツイートを２つ引用する。今年５月にも、旧統一教会に対して批判のツイートをしている

2022年５月18日
統一教会が何十年も前から社会問題化しもはや反社会的組織である事を覆しようもないのはあのような文一族を崇め奉り、彼等の言うことを鵜呑みにし、神(自称)の為と称し騙し、奪い、争わせ、生じたあらゆる問題を自己、或いは自己の信じる神の無謬性を理由に他責化し、神罰とさえ称し嘲笑う

　そして、６月には、新型コロナワクチンに関連するツイートもあった。

2022年6月23日
実は２回目打ってから1ヶ月後くらいに猛烈な胸痛（医者は食道炎だと言う）がして３回目は打ってない。今も軽いのはちょくちょくあるし、医者マジメに聞かないけどアレ食道炎とは思えんよ。HDとスマホ破壊できない無念さしかなかったもん。

　新型コロナワクチンを2回打った後、山上容疑者は猛烈な胸痛に襲われていたようだ。今後の健康に、非正規雇用で働き続けることに不安があったかもしれない。

　その後、５人以上が書いた山上容疑者や同容疑者のツイートを分析したジャーナリストや評論家の文章を読んだ。「ヘイトクライム」思考の典型、ローンウルフ型、マザーコンプレックス、無敵の人、いろんな分析を読んだが、どれもぴんと来なかった。映画「ジョーカー」の道化師アーサーに感情移入した説のブログや記事も読んだけれど、アーサーと違って衝撃的に複数人を殺しているわけではない。

　彼自身のツイッターの言葉ほどの力がある言葉に私は出会うことができなかった。

　旧統一教会関係者を狙うことと、安倍元首相を狙うことには乖離がある。容疑者本人の供述によると、昨年９月の安倍元首相のビデオメッセージが安倍元首相を狙う引き金になったという。

「各地の紛争の解決に努力してきた韓鶴子総裁をはじめ皆さまに敬意を表します」。昨年9月、旧統一教会の友好団体「天宙平和連合（UPF）」が開いた大規模集会「シンクタンク2022　希望前進大会」に、安倍元首相がビデオメッセージを寄せた。

you tubeでのビデオメッセージ
https://youtu.be/U6X7s8MykuA

　UPFは文鮮明氏と妻で現在の教団トップである韓氏が2005年に創設したNGOだ。
　安倍氏は「UPFが家庭の価値を強調する点を高く評価します」「偏った価値観を社会革命運動として展開する動きを警戒しましょう」と家族観への共鳴を明示した。

　私は想像した。安倍元首相の旧統一教会の家族観への共鳴の言葉を聞いたとき、山上容疑者の中で何かが「切れた」「壊れた」のではないか、と。「え？家庭の価値だと?」統一教会は俺の家庭を滅茶苦茶にしたではないか、と。俺の30数年を返せ、と。これまで安倍元首相に好意的だっただけに、裏切られたと感じたのではないだろうか。
　
　山上容疑者は政治家の言葉の嘘を撃ち抜いたのだ。彼の憎悪の力によって。だから、銃撃は、演説中でなければならなかった。ある人が極めて文学的な殺人だと、ツイッターで言っていた。また、ある人は、霊感商法被害者の復讐だと言った。

　もちろん殺人は許されない。法の下に裁かれないといけない。

　
　そして、これらのツイートは、私の高校時代の同級生の女の子を思い出させた。高校時代、山上容疑者と似た境遇の同級生がいた（こういうことを率直に書けるためにプライバシー保護のために私のブログは匿名にしている）。

　母親がある宗教（統一教会ではない）にのめり込み、両親が離婚したのだ。私よりも彼女の方が高校時代の偏差値は高かった。彼女は女子高生時代も父親と自分と自分の兄弟たちのご飯を作っていて、家事をしていて「私にもみんなのように、もっと時間があれば、もっと、いい大学に入学できるのに」と口癖のように言っていた。正直、自分も、受験勉強でストレスを抱えているときに彼女の言葉を聞き続けるのは、私にとって難しいことだった。

　彼女は大学時代に精神的な病を発症したらしかった。私が社会人になって、彼女が夜遅く電話をしてきたことがあった。彼女の人格の変貌ぶりに驚いた。凄いスピードで私の知らない人たちのことを次から次へと喋っていた。話はあっちこちに飛んだ。私は自分の明日の仕事を考えて、電話を早く切り上げるしかなかった。私は彼女に何をしてあげれただろう。心理学の本をたくさん読んだのはこの時期だ。

　私も彼女に何も、してあげられなかった。少なくとも彼女のような人に何かできることはないか、せめて話を聞いてあげようと思う人が多い社会であってほしい。それは祈りのような思いだ。

パリ徒然草

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